ホスピタルレポート-現役医師に密着- 第10回 神経内科医

病院の外に出て認知症の人に向き合う。患者ではなく生活者としての生き方を尊重

医療法人社団緑成会 横浜総合病院神経内科医長
髙野 大樹 医師

認知機能が低下して日常生活に困っている人を診察室で診るだけでなく、認知症の疑いがあると地域から連絡があれば本人の元に出向いてケアに取り組む医師がいる。人口の高齢化が進み、認知症の人が増加する中、本人の生き方を尊重し、一人ひとりに向き合う姿を紹介する。

髙野 大樹 医師
医療法人社団緑成会 横浜総合病院
神経内科医長
髙野 大樹(たかの だいき)

1980年東京都生まれ。親の仕事の関係で、東京、埼玉、茨城、名古屋、そして再び埼玉へと高校時代まで転居を繰り返す。2004年東北大学医学部卒業後、福島県の磐城共立病院(現・いわき市医療センター)で初期研修。2006年より秋田県立脳血管研究センター(現・秋田県立循環器・脳脊髄センター)に勤務し、脳卒中診療部、神経内科での診療を担当する。2016年4月より横浜総合病院脳神経センターに勤務。日本認知症学会認定専門医・指導医、日本神経学会認定神経内科専門医。

「こんにちは。お変わりないですか」。横浜総合病院の物忘れ外来を訪れた高齢者とその家族に優しく声をかけるのは、神経内科医長の髙野大樹氏だ。その高齢者は認知症と診断されているが、最初に髙野氏が本人と会ったのは、自宅である。地域の民生委員から「認知症かもしれない、と家族から相談されたが、本人は病院に行こうとせず、困っているようだ」との連絡が入り、横浜市青葉区の「認知症初期集中支援チーム」のリーダーである髙野氏が看護師らとともに訪問したのが、ケアの始まりだった。

はじめは「自分は困っていない」「なぜ呼んでもいない医者が家に来るんだ」など、コミュニケーションが難しかったが、何回か訪問し、「プライドを傷つけないよう、でも日常生活に支障があれば相談してほしい、といった形で少しずつ心を開いてもらうよう努力した」(髙野氏)。やがて本人も「ならば一度、病院に行ってみるか」という気持ちになり、今では定期的に受診するようになったという。

手の指がなぜ動くのか。素朴な疑問から脳の働きに興味を持ち、医師の道へ進む

今でこそ、病院の内外で認知症の人のケアに取り組む髙野氏だが「医師を目指したときは脳の研究をしたかったから」と話す。
髙野氏が医師を目指すきっかけとなったのは、小学校高学年のときに、自分の指が動くのを見つめ「どうして頭で考えた通りに指を動かせるのだろう」という素朴な疑問を抱いたこと。担任の先生に聞いたところ「そんなことを気にしていると、頭がおかしくなるぞ」と言われたという。それでも、髙野氏の興味は失せることなく、脳や体の働きにますます惹かれるようになっていった。

医学部を目指そうと思ったのは高校に進学してから。名古屋に住んでいたときに東海中学へ進み、埼玉に転居してからは兄弟校である東京の芝中学・高校に転校した。「人体への興味は続き、生物が好きだったこともあるが、最大の理由は食いっぱぐれがないだろうと思ったこと」と髙野氏は振り返る。もっとも「医師になって、こんなハードワークになるのを知っていれば、進路についてもっと熟考すればよかった」と笑う。

進学先に東北大学を選んだのは「幼なじみの先輩が東北大にいて、話を聞きに行ったところ、地方では医師が少ないことを知った。人に必要とされる場所で仕事をしたいと考えた」(髙野氏)からだ。医学部に入学後も脳の研究をしたいと考えていた髙野氏は、大学5年の臨床実習で、神経内科の病棟でハンチントン病の患者に出会った。

ハンチントン病は、自分の意志とは関係なく体が動いてしまい、進行すると物忘れなどの症状が出てくる遺伝性の病気で、脳の大脳基底核や大脳皮質という部分の神経細胞が変化し、縮んでしまうことが原因となる。知らずにしかめ面や舌打ちをしたり、激しく手足を動かしたり、あるいは物忘れという症状が出たために日常生活に困っている患者を見て、髙野氏は神経内科に興味を覚え、神経内科に行けば脳の研究もできるだろうと考えたという。

脳卒中死亡率の高い秋田県脳血管研究センターへ。認知症の人に出会い、向き合い方を学ぶ

2004年に東北大学を卒業後、髙野氏は福島県の磐城共立病院で初期研修を受けた。神経内科に進むことを念頭に置いていた髙野氏は、脳卒中に倒れ、後遺症に悩む患者が多いことを知り、脳卒中の診療に取り組もうと決心した。そして2年間の初期研修を終えた後、当時、脳卒中による死亡率が日本で最も高かった秋田県の県立脳血管研究センター(秋田脳研)に勤務することにした。

最初に所属したのは脳卒中診療部だった。救急患者も多く、脳梗塞患者の治療や硬膜下血腫患者の手術も担当した。脳梗塞は脳の血管が血の固まり(血栓)などで詰まる病気で、抗血栓薬や血栓溶解薬といった薬の点滴での治療や、足の付け根の血管から細いチューブ(カテーテル)を頭の中にまで入れて、血栓を取り除く治療をする。硬膜下血腫は脳を包む硬膜と頭蓋骨の間に血(血腫)が溜まり、脳を圧迫する病気で、頭蓋骨に直径1cmほどの穴を開けて血腫を洗い流す。

こうした治療を行なっても、手足の麻痺などの症状が残ることがある。それだけでなく、社交的で多趣味だった人が、退院後に生きる意欲を失って家に閉じこもってしまったり、何十年も日本語を主に話してきた在日外国人が母国語でしか話せなくなってしまったりという、脳の機能障害を起こす人が少なくなかった。髙野氏は、こういった後遺症が血管性認知症の症状であることを知り、何とかケアできないかと考え、2年目に神経内科も兼任し、「物忘れ外来」を担当することになった。

神経内科では、長田乾部長の認知症の人に対する診療スタイルに感銘を受けたという。「認知症と診断した場合でも、本人にはあえて言わず『一番いいときに来ましたね』と言って本人を思いやり、励ますことが大切だと知った」。認知症の症状は少しずつ進行するため、外来ではそのたびに"bad news"、つまり日常生活での失敗が増えていることを家族から聞くことになるが、「何かうまくできたことを聞き出し、そのことを褒める。そうした励ましも治療の一つになる」(髙野氏)ことが分かったという。

こうした外来でのケア、薬の投与、家族への本人との対応の仕方の指導などを重ねていくうちに、怒りっぽかった人が穏やかになったり、中断していた趣味を再開したりするなどの改善が得られることもあるという。「認知症の治療法はまだ見つかっていないが、本人がその人らしく暮らしていけるよう支えるのが、医師の重要な仕事だと考えるようになった」と髙野氏は話す。

秋田から横浜へ診療の場を移す。「アウトリーチ」で早期からケア

秋田脳研では認知症に関する研究にも取り組み、その結果は、国内の学会だけでなく、国際アルツハイマー病会議、国際血管性認知症会議、米国脳卒中協会学術集会など海外でも発表を重ねた。

秋田で認知症のケアに取り組んで10年目に転機が訪れた。長田氏が他の神経内科の医師とともに横浜総合病院に転勤することになったのだ。髙野氏は迷ったが、一緒に横浜に移る決心をし、2016年4月から同じ横浜総合病院に勤務することにした。「自分が主治医を務める患者さんが300人以上いて、別の病院や開業医の先生宛にすべての患者さんの紹介状を書いた。後ろ髪を引かれる思いだったが、新しい土地で認知症の人たちのケアに取り組もうと気持ちを切り替えた」と話す。

髙野氏らの"集団異動"に伴い、横浜総合病院では「物忘れ外来」を開設、現在は3人が担当している。さらに髙野氏は、2016年9月に横浜市が設置した「認知症初期集中支援チーム」の青葉区のリーダーとなり、病院の外で認知症の早期診断・早期対応に向けた支援を担うようになった。

このチームは、認知症の人やその疑いのある人で、医療や介護のサポートを受けていない場合に自宅を訪問し、医療機関の受診や介護サービスの利用を促し、本人が住み慣れた地域で暮らし続けられるように安定的に支援する、「アウトリーチ」と呼ばれる活動を行っている。チームは認知症の専門医を中心に、保健師、看護師、作業療法士、精神保健福祉士、介護福祉士らで構成される。

「少しでも早く治療や介護を始めることで、症状の進行を遅らせることが可能になる。本人の生活の質の向上はもちろん、家族など周囲の人の負担も軽くできる」と、初期集中支援の大切さを髙野氏は強調する。

とはいえ、もともと病院に行くことを拒否していた人を、いきなり医師や看護師が訪問すると、断られたり警戒されたりすることも少なくない。「私たちは一軒一軒、訪問しています」といった説明で緊張感をやわらげ、何度か訪問して心を開くようになってからようやく「今度、病院に来てみませんか」と声をかけるようにしている。

髙野氏は「病院に来る人は"患者さん"だが、家に帰れば"生活者"という別の姿になることを、アウトリーチの活動を通して実感した。今ではそのことを念頭にケアに取り組むようになった」と話す。

人口の高齢化が進むにつれ、認知症の人が増加し、現在、高齢者の約4人に1人が認知症の人またはその予備群といわれている。認知症の人は今後さらに増え続け、2025年には約700万人になると推計されている。「認知症の人のケアには、これでうまく行くという答えはない。一人ひとりに向き合い、家族、看護師、介護士、行政関係者らと一緒に考えながら、家族本人が安心できる暮らしを作っていくことにやりがいを感じている」と髙野氏は高齢社会での医療に取り組む決意を新たにする。

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