ホスピタルレポート-現役医師に密着- 第2回 認知症診療

認知症の人に敬意を払い、一人ひとりの人生に寄り添う

東京女子医科大学成人医学センター 神経内科
講師 松村 美由起 医師

高齢者人口の増加に伴って、認知症の人も増えている。記憶の障害などによる言動の変化は、ときに介護する家族を悩ませる。
しかし、本人の言動には一つ一つ理由があり、それを知るには、その人の人生を知り、敬意を払って接することが大切だという。
一人ひとりの人生に寄り添い、サポートする女性医師を紹介する。

講師 松村 美由起 医師
東京女子医科大学
成人医学センター 神経内科
講師 松村 美由起 医師

1964年埼玉県生まれ。1988年3月東京女子医科大学卒業、同年4月同大学医学部大学院入学。1992年3月同大学院卒業、学位取得。92年4月東京女子医科大学神経内科助教。2000年神経内科医局長。2006年10月同講師、附属成人医学センターに配転。現在、本院神経内科、青山病院、女性生涯健康センターを兼務。

「おはようございます。台風が近づいている中、ここまで来られるのが大変だったでしょう」。東京・渋谷の高層ビルの中にある、東京女子医科大学附属成人医学センターの診察室では、来院者を迎える松村美由起氏の明るい声が聞こえる。

訪れたのは、最近物忘れが多くなり、認知症ではないかと不安になった男性とその妻だ。緊張した様子の男性に松村氏は、「どんなときに物忘れがあるんですか?」「物忘れをしたことで、困ったことはありましたか?」と優しい口調で話しかける。男性が答えるときには、妻の方も見て、その反応を観察している。

認知症の本人と家族を知り、家族の考え方を変えていく

松村氏が、東京・新宿の東京女子医大本院から成人医学センターに異動したのは2006年10月のこと。成人医学センターは、1975年に健康診断と外来診療の機能を併せ持つ附属施設として開設された。当初は内科、循環器科、消化器科、健康管理科という診療科目だったが、徐々に拡張し、2000年4月には神経内科が加わった。

本院の神経内科では認知症を中心に診療していた松村氏は、成人医学センターで「もの忘れ外来」という専門外来を開設すると同時に、通常の外来診療や検査では発見されにくい、軽度認知障害(健常者と認知症の中間段階)の早期発見を目的とした「もの忘れドック」という窓口も開設した。これまでに画像検査などを受けた人は約800人に上る。

松村氏が重視するのが、本人への問診と家族から聞く話だ。「認知症を疑う人の診察では、本人から症状や日常生活での問題を知ることが重要。そのためには、家族の話も聞き、さらに本人の話した内容について家族がどんな態度や表情を示すかを観察することが欠かせない」と松村氏は説明する。

認知症は、アルツハイマー病など脳の障害によって認知機能が少しずつ低下し、日常生活に支障をきたすようになった状態。「認知症になると、何も分からなくなってしまう」と誤解されがちだが、実は本人の気持ちは豊かなままで、感じ方は変わるものの、なくなることはない。言葉がスムーズに出てこなくなるのでコミュニケーションがうまくいかなかったり、今、自分がいる時間や場所が分からなくなって、その手掛かりを探すために同じことを何度も聞いたりする。これらの言動が、介護する家族らには精神的負担となり、そのイライラが本人にぶつけられ、その結果、本人がさらに混乱するという悪循環に陥りがちになる。

こうした家族関係が悪化している場合、松村氏は、家族への働きかけを積極的に行っている。たとえば、こんなケースがあった。行動・心理症状が重いということで、その症状を抑えるために数多くの抗精神薬などを処方されていた男性が他院から紹介されてきた。薬を飲んでも妻への暴力が減らないという状況だった。松村氏が本人に話しかけても、引きつった表情で「ええ」「いえ」くらいしか答えない。妻はそんな様子の夫を冷めた目で見つめていたという。

松村氏は、家族関係が微妙になっていると判断し、本人の昔の仕事、趣味、最近の話題などをきっかけに、どんなときに、どんな行動を取っていたのかを、丁寧に聞き出していった。そして、本人が暴れたり大声を出したりするのは「こうしたことがしたくて、それができなかったためではないか?」ということを一つ一つ突き止め、それを妻にも理解してもらうよう説明した。妻は「私が憎くて暴れていたのではなかったんですね」と納得し、それをきっかけに夫に対する妻の見方が変わり、やがて暴力がなくなったという。

「一見不可解に見える行動にも理由があることを、まず家族に分かってもらう。それによって家族の態度や言動が変われば、本人の気持ちも行動も変わっていく。本人と家族に寄り添っていくことが、医師の役割」と松村氏は話す。

人の役に立つ仕事をしたい。大学では無医地区研究会へ

松村氏が医師になろうと決めたのは、高校2年の夏だった。さいたま市にあるミッション系の女子の中高一貫校に通い「のんびりした学校生活」(松村氏)を送っていた。しかし、自分の将来を考え始めたとき、「神の無償の愛を垣間見てきた自分も人の役に立ちたい」と思ったという。小学生時代に世話になった担任の教師が病身で、その先生と主治医との深い信頼関係も思い出し、医師をめざすことにした。そして文系科目に重点を置いていたそれまでの勉強の方針を転換した。小学生のころからコツコツと勉強するのが好きだった松村氏は、高校に進んでも「よく勉強していた」こともあり、現役で東京女子医大に合格した。

大学入学後も松村氏の不断の努力は続くが、一方で「無医地区研究会」に所属し、1年生のときから夏や春の長期休暇に無医地区に入り、公民館などで寝泊まりしながら、地域住民の健康診断を手伝うようになった。

ほこりが溜まっている宿舎を掃除し、自衛隊から借りた毛布を干し、座布団2枚を敷布団に、蚊取り線香を大量に焚きながら、多くの先輩・後輩と合宿しながらの活動だった。「少しでも早く、医者っぽいことをして、人の役に立ちたかったから」と松村氏は笑う。

そして、そこで知ったのは、患者は医者の前では患者だが、自宅に帰れば生活者だということだった。これは、今でも松村氏の診療に反映されている。

大学4年のときには、他の診療科より1年早く、神経内科の臨床実習が行われた。そこで松村氏は、あるALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者に出会った。音楽家として指揮者を務め、ピアノも弾くというその患者は、すでに筋肉の萎縮と筋力の低下が進んでいた。ある日、松村氏がその患者の両手に触れたとき、目の表情に変化が表れた。「この人の感情は生きている」と直感した松村氏は、「この人たちのために仕事をしよう」と神経内科の道に進むことを決意した。

卒業後、松村氏はすぐに大学院に進み、学位取得後に神経内科の医局に入局した。当時神経内科の主任教授だった丸山勝一氏にまず教えられたのは「患者さんは人生の先輩。尊敬の念を持って真摯に向き合うこと」だった。その後、主任教授となった岩田誠氏には、その診療姿勢と学術に対する真摯な態度に強く感銘し、大きな影響を受けながら、松村氏はキャリアを積んでいった。

神経内科が診療するのは、脳や脊髄、神経、筋肉の病気によって、体がうまく動かない患者。主な病気は、頭痛、脳卒中、認知症、てんかん、パーキンソン病などである。認知症やパーキンソン病は、現在は有効な治療法がなく、治すことができない。それだけに、松村氏は「医師として患者さんに敬意を払い、真摯に向き合い、その人の人生に寄り添っていく」ことを大切にしている。

画像だけでは分からない。手間ひまかけて人を〝見る〞

認知症の研究が進み、早期診断法や治療薬の開発が盛んに行われているが、松村氏は違和感を覚えるという。認知症の検査として「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」や、MRIやCTによる画像検査が行われることが多い。しかし松村氏は「それだけで認知症かどうかが分かるわけではない。認知症に限らず、今の医学・医療は、技術志向が強過ぎると感じている。自分の前にいる患者さんに向き合い、その人がどんな人なのか、家庭ではどんな生活をしているのか、これまでどんな人生を送ってきたのかをよく知ることが、診療の始まり。だからこそ、問診は丁寧に行う必要がある」と強調する。認知症の診療を積めば積むほど、この大切さが分かってきたという。

さらに「医師は人を見るのが仕事。そのためには手間ひまをかける。その人を知り、その人が何に困っているのかを知り、これからどんな人生を送りたいのかを家族とともに考え、医師としてどうサポートしていくかを考える。骨身を惜しまず診療するのが、自分の診療スタイル。そういう医師が1人でも増えれば」と期待する。

松村氏が成人医学センターに着任する前は、本院で多くの先輩や上司から教わり、集団で診療する環境にいた。成人医学センターでは、神経内科の常勤医師は松村氏1人だ。「ここは、患者さんにとって治療の入り口であり、かつ最後の砦。だからこそ常に外に出て新しい情報を吸収し、自分のものにすることが、患者さんのためになる」と松村氏。そのために、多くの講演を聴講し、質問し、それをきっかけに情報交換できる知り合いとなり、さらに交流の輪を広げる努力を続けている。「〝プチ門前の小僧〞みたいなもの」と松村氏は笑うが、患者のために粉骨砕身するという軸はぶれない。

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